top of page

「熊野神学における『キリストの身体』」

2026年3月17日

1.われわれの使命と課題

(1)近藤勝彦新著『活けるキリストの現実』(教文館、2025年)は、日本で伝道するわれわれ伝道者の使命と課題を問いかけている。本著の主題となった「活けるキリストの現実」がどこで現れ、それを形造り、いかに伝えるのかである。本著は2024年12月27日に逝去された妻・静子姉に献呈された。近藤先生の信仰的・神学的対話者として、いつも傍らにいた。「はじめにー夕暮れになっても光ある現実」(同上3-10頁)が、本著の全体を方向付けている。2022年1月1日の夜、静子姉は血痰を吐き、救急車で病院に運ばれた。検査の結果、肺癌のステージ4と告げられた。1月22日、教文館の渡部満社長と高木誠一氏が自宅に来られ、『キリスト教教義学』の原稿のメモリーを渡した。『キリスト教倫理学』(2009年)、『キリスト教弁証学』(2016年)と合わせ、組織神学三部作が完成することとなった。静子姉は長い間お世話になったお礼が言いたいと、2階の寝室から降りて来て、挨拶された。近藤先生のこれらの著作活動を支えた大切なパートナーであった。

 2月9日、静子姉の入院を明日に控え、自宅で聖餐を執行させてもらった。銀座教会の主任の高橋潤牧師に来宅を乞う代わりに、近藤先生が聖餐の執行すること許可をお願いした。コロナのため礼拝に出られなかった静子姉にとって、10か月ぶりの聖餐であった。近藤牧師はそこで短く説教された。聖餐において復活のキリストの命にあずかる。それが永遠の命にあずかることであり、復活者キリストが実在し、共におられる現実が私たちの絶えず新しい真の現実である。それは、夕暮れになっても光ある現実(ゼカリヤ14・7)である、

 ユンゲルは真の現実を「神の言葉」である「義認の出来事の力」のもとに記した。しかし、近藤先生は「復活のキリストの実在」を仰ぎ、活けるキリストの臨在による現実が真の現実であると語る。

 ゼカリヤは「ただ一つの日」が来ることを預言し、その日、夕暮れになっても光があると語った。ヨハネの黙示録21章23節はこれを受け止め、「神の栄光が都を照らし、小羊が都の明かりである」と語る。「小羊」キリストこそ、贖いのために屠られた犠牲の小羊であり、贖いの主の復活による勝利、つまり活けるキリストの恵みの支配が明かりとして照らされる。キリストのこの終末時の現実は、今、すでにその力を発揮している。人生の夕暮れになっても、活けるキリストを仰ぐとき、今、すでに、終末の光ある現実に対する幾分かの参与の中にある。仰いでいるお方が、活けるキリストだからである。「夕暮れになっても光がある」、「光ある現実」は、復活者イエス・キリストが私たちと共に折られる現実にほかならない。

 

(2)ユンゲルはルター派の神学者として、キリストの十字架の義認の出来事を語る神の言葉に、活けるキリストの現実を見る。それに対し、近藤先生は、復活のキリストの現臨である聖餐に、活けるキリストの現実を見る。

今回の研究発表の主題「熊野神学にける『キリストの身体』」は、東京神学大学『神学84号』、芳賀力教授献呈論文集「聖書的語りの担い手と日本社会」に掲載した論文の主題である。そこでの問題意識は、近藤先生が語られた「活けるキリストの現実」がどこで現れ、それを形造り(教会形成)、いかに伝えるか(伝道)である。ここに、日本で伝道するわれわれ伝道者の使命と課題があるからである。

 

2.熊野神学における「キリストの身体」

(1)本稿の課題

日本においてキリスト論のパースペクティヴで、「キリストの身体」(Corpus Christi)という教会理解を神学的に論じた最初の神学者は、熊野義孝である。熊野の生涯一貫したこの神学的姿勢は植村正久から受け継いだものである。熊野の晩年の著作『日本キリスト教神学思想史』(1968年)の「植村正久における戦いの神学」(『熊野義孝全集』第12巻、210-260頁、新教出版社、1982年)において、そのことを示唆している。植村の説教を取り上げ、「赦罪の経験とその実感を辿って贖罪の事実を明確にしながら、次第にイエス・キリストの現臨とその実存的な場所を追い求め、天にも地にも通じる福音の大通りを開拓している。そこにキリスト論的な骨格が瞭然とする」(同上219頁)と論じる。更に、植村の教会を論じた文章を取り上げ、植村が目指した「国民的自由教会」(同上32,46,239頁)建設の姿勢が、生けるキリストの現臨を明確にする「キリスト論的な支柱」を土台とし、「この生けるキリストの身体を表現するのが教会の任務」(同上240-241頁)であり、教会は「生けるキリストを担う道具」(同上241頁)に徹するのであると論じる。

 植村から受け継いだ「キリスト論的な支柱」を土台とした「キリストの身体」という教会理解を神学的に構築した熊野の著作は、『キリスト論の根本問題』(1934年)、『基督教概論』(1947年)、『教義学』第三巻(1965年)である。これら三つの著作の神学的足跡を辿り、その論考を明らかにし、この主題を巡る考察に、一貫性とともに、発展、深化、変遷があったのかどうかを考察することが本稿の課題である。そのことを通し、われわれ伝道者の日本における「キリストの身体」なる教会形成の使命を明確にしたいと願っている。

 

(2)「キリスト論の根本問題」における「キリストの身体」

熊野がキリスト論のパースペクティヴで「キリストの身体」という教会理解を論じた最初の著作は、『キリスト論の根本問題』(1934年)(『全集5』203-350頁、1979年)である。前年の1933年、『終末論と歴史哲学』(『全集5』1-202頁)を執筆し、キリスト論と結び付いた終末論的思惟という神学的方法論を確立した熊野はこう論じる。「教会の基礎であるイエス・キリストの事実はそれ自身終末的な事実としてのみ教会を形造る土台である」(同上178頁)。そして翌年、最初の本格的なキリスト論の論述を行った。P・T・フォーサイスの『イエス・キリストの人格と位置』(”The Person and Place of Jesus Christ”, Hodder and Stoughton,

London, 1909)と対話しながら、自らのキリスト論を構築した。

 『キリスト論の根本問題』の「序」で、本書の目的を述べる。「キリスト教会にとってまことに古き教義であるキリスト論的なる信仰の告白がいかにして現代的な意義を要求し得るか、・・・永遠の意義を帯びて取り扱われ得るであろうか、を考察することがこの書によって著者の志した天である」(同上205頁)。「イエス・キリストに対する教会の歴史的告白のほかにキリスト教はなく、このほかにわれわれの(伝道の)労苦の意義を見出すことは断じて不可能である」(同上206-207頁)。本書の冒頭にこの一句が掲げられている。「Spes mea Chrisus」

(キリストぞわが望み)。キリスト論を論じる神学学徒は、キリストへの忠誠を貫く信仰の告白をする「場」と「実存」が問われる。

 ナザレのイエスがキリストであることの告白の上に、キリスト教信仰は建てられてきた。イエス・キリストという歴史的実存が歴史的であると同時に、超歴史的事実であるゆえんを正しく理解することが、神の啓示に基づく「受肉の論理」(同上224,225,226,231,252,254,264,265,334頁)あると熊野は語り、「受肉」の出来事を重んじる。神の子の受肉の出来事が、神の子の「ケノーシス」(謙遜)と「プレローシス」(充実)に連関し、歴史的教会を必然化した神の一貫した救済行為の基点であるからである。永遠者の受肉が歴史的審判となり、同時に救済となる。それ故、キリスト論は終末論を基調とする。「活けるキリスト」が死すべき人間の歴史において不朽の事業を継続することが歴史の中心となる。イエス・キリストの事業である十字架による赦罪を継続させることが聖霊の活動の本務である。それ故、キリスト論と聖霊学は贖罪論によって結合する(同上214頁)。終末論、キリスト論、贖罪論、聖霊学は各自密接な連関によって成り立つと論じる(同上214頁)。あまり注目されていないが、熊野神学のキリスト論は聖霊学を内包している。

 熊野はキリスト論の中心に、教会の歴史的な信仰告白であるニカイア・カルケドン信条のキリスト両性論のキリスト告白を位置づける。教会が歴史の中で、活けるキリストのいのちを死守するために、存在を懸けて戦い取ったキリスト告白であり、この告白の上に、キリストの教会は建ってきた。それ故、教会は終末の「栄光の教会」を待ち望みつつ、歴史において「戦闘の教会」として歩み続ける。

 

本書の最終章である第6章が「キリストの身体(Corpus Christi)である。キリスト論を成立させる場所は、キリストの身体たる特定の地域でなければならぬとし、歴史的社会的現実としてのキリストの身体を正当に認識し、根拠とすることに神学的力を傾ける(同上336頁)。パウロ書簡(パウロの名による書簡)に集中する「キリストの身体」「soma」「corpus」(Ⅰコリント12・27,エフェソ1・23,4・12,5・30,コロサイ1・24)は、「礼典的な意味」(同上337頁)を帯びていることに、熊野は注目する。キリストにおいて一体となることは、洗礼を受け(Ⅰコリント11・13)、キリストの血と肉に与る共同の食卓に連なる(Ⅰコリント11・23-26)ことである。「キリストの身体たる教会は、その礼典によって最も鮮明に自己の本質を表現し、それが有機的『体』たることは、この集団が具体的・実質的なものたることを示している」(同上338頁)。

 更に、キリストの身体なる教会は「信徒の交わり」(koinonia)によって成り立つとし、「交わり」(コイノーニア)(同上339頁)に、熊野は注目する。この交わりは甦りの主イエス・キリストを拠点とし中心とした特殊な集団であり、その独自性はイエス・キリストの超歴史的性と共に明証されるとし、キリストの身体たる教会の本質を、「終末論的事実」(同上340頁)に観る。キリストの「身体」なる教会は、身体としては「具体的歴史的」であるとともに、<キリストの>ものとして「範疇的・超歴史的」であり、それ故、教会の本質は「終末論的」(同上340頁)である。

 教会が終末論的性格を有することは、「倫理的な性格」を有するとし、「神と人間との関わりを具体化する場所」(同上346頁)となる。キリストの「身体」は、歴史的社会的存在たる人間が永遠なる神に対する最高の倫理的行為として「サクラメントの意味を担う」(同上346頁)と、熊野は語る。教会はイエス・キリストの十字架の陰にあって、「キリストの死」の贖罪的な意味を問い、われわれの生を「キリストの死」の見地から見なおし、解釈し、痛悔、回心、聖潔を要求する場所である。教会は十字架の陰においてのみ「キリストの神秘体」(Corpus

mysterium Christi)であり、「主の苦痛」に与る時にのみ「聖なる祭壇」たりうるとさえ、熊野は語る(同上342-343頁)。「キリストの奉献」に対応する「われらの奉献」が求められる。「イエス・キリストに対するキリスト者の忠誠がまことの祭儀であり、これを嘉納し聖化して神がそれを受けるにふさわしいものとなさしめるもの、まさに、恩恵たる礼典がサクラメントの本領である」(同上345頁)。

 

熊野は最後に、キリストの身体の歴史的使命を論じる。「キリストの身体はこの世界の歴史的成立に対し、それに内在しつつそれとはまったく異なる方向に、この歴史的世界を創造し来たった」(同上347頁)。われわれはキリストの身体の一肢体として、イエス・キリストの死とその復活に合致して生活することによってのみ、キリストの身体によって表現せられる「新しい世界の浄福」に与ることが許される。「キリスト教的な協同社会の原理」は、神の子の受肉の事実とその解釈によって成立し、キリストの身体は「新しい社会の予兆」である(同上348頁)。キリストの身体である教会は歴史形成に使命を負う。それ故、「地上の教会」は『主の日』(dies Dominica)にいたって『勝利の教会』(ecclesia triumphans)たるをうるまで『戦闘の教会』(ecclesia      

militans)でなければならない」(同上348頁)。われわれは甦られたキリストの「見識者」(marturos)として、、まさしく「殉教者」としての生存に邁進せねばならぬ(同上349頁)。「キリスト論は『戦闘の神学』(theologia militans)の核心的課題である」(同上350頁)と、熊野はキリストの身体に連なるわれわれの使命と課題を論じて結ぶ。

 以上のように、熊野は『キリスト論の根本問題』で、キリスト論の骨格を設計図として描いたのである。

 

(3)『基督教概論』における「キリストの身体」

『基督教概論』(『全集6』1-258頁、1978年)は1947年に刊行されたが、既に1945年1月に完成していた。第二次世界大戦下、銃声の合間に執筆された(同上257-258頁)。焦土と化した日本に、「キリストの身体」たる教会の形成の幻を見つつ綴られたものである。「われわれはわれわれの熱愛するこの祖国に、醇乎たる福音的教会を建設することによって、光輝ある歴史の恩沢にこたえねばならない」(同上255頁)。

 本書の「序」に、執筆の目的が記されている。「歴史におけるキリスト教の全貌を観察してそれに神学的な照明を加えるという仕事が、この書の課題を成している」(同上3頁)。宗教の理念からではなく、歴史的社会的に存在する教会を出発点とし、歴史的教会がなぜ永遠者の身体なのか。その身体の中に深く潜む生命の鼓動に触れることが、本書の目的である。『キリスト論の根本問題』の「受肉の論理」、終末論的パースペクティヴを受け継いでいる。『基督教概論』で新たに強調するものは「媒介者」(同上78頁)である。キリスト教を「宗教としてのキリスト教」と位置づけ、歴史的社会的に存在する教会に目を留めることから出発し、そこから「特にキリスト教的なもの」(同上83-89頁)を明らかにしてゆく。宗教の本質は超越者と有限なる存在との「媒介性」にある。キリスト教ではこの媒介的存在が、「まことの神であり、まことの人である」仲保者たる人格的実存であるイエス・キリストであり、同時に、仲保者の歴史的身体たる教会である。この「二重の媒介」(同上79頁)こそが「特にキリスト教的なるもの」である。問題は、仲保者たる人格的実存であるイエス・キリストの生命を、仲保者の歴史的身体たる教会がなぜ継承することができるかである。換言すれば、「二重の媒介」を結ぶ「権威の所在」(同上80,89頁)とは何かである。

 

本書の第二篇「特にキリスト教的なるもの」第四章が「キリストの体」である。「教会は仲保者キリストの媒介的機能を継承するものとして、まさにキリストの身体であり得る」(同上96頁)。『キリスト論の根本問題』と同様、キリストの体なる教会は、「キリストの苦難の継承」という根本的意義を自覚し、<sakramental>な性格を帯びることを、熊野は強調する。われわれ福音的信仰のサクラメントな性格は、「言の宣教」を重んじ、この宣教は十字架の言としてサクラメントの本質的内容を形造り、「キリストの生命」を、「言」(説教)と「表徴」(聖餐)の両極で担い、伝えてきた(同上99頁)。『基督教概論』は「表徴」(聖餐)と共に「言」(説教)に注目する。「キリストとの秘義的一致」、すなわち、「キリストとの生命的な交わり」を可能とする特定の場所が、信仰の母胎であり、身体的であり、「キリストの体」である教会である(同上103頁)。教会は歴史的教会である以上、「公同の信仰」(fides catholica)に建つ「公同の教会」(ecclesia catholica)(同上103頁)である。このカトリカなる規範に「信仰の規範」と「キリスト教的権威」が求められた。

 仲保者イエス・キリストに託された神的権威は「赦罪の権威」である。「人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう」(マルコ2・10)。この「赦罪の権威」を継承する歴史的存在がキリストの体なる教会である。「聖・公・一なる教会を信ず」という信仰の告白は、教会がキリストの体として「赦罪の権能の保持者」であることを告白し、「使徒的権能の継承者」であることを告白している(同上110-111頁)。仲保者キリストの贖罪行為である「赦罪の権威」を、永久に効果あらしめるものが「聖霊の事業」(117-118頁)である。熊野はここでも「聖霊の活動」を強調し、歴史的教会の建設において、聖霊の活動が不可欠であることを論じる。

 『基督教概論』でのもう一つの鍵語は「伝統」と「伝承」である。「教会の伝統は、キリストの生命の伝承であり、受肉者の受難の体の伝承である」(同上160頁)と、熊野は語る。この伝統は歴史的連続の姿においてではなく、終末論的な形相の下に位置づけられる。「まことの神であり、まことの人」である仲保者の両性的存在であるイエス・キリストが伝承の基体であり、その生命の継承が教会の伝統を形造る(同上155-157頁)。聖書正典、信条、職制の確立となる。教会の伝承は言説ではなく生命である。キリストの生命が伝承されるためには、その受肉の体が必要であった(同上157頁)。仲保者の「神性」のみならず、「人性」が継承されなければならない。「キリストの人性」の強調は、『教義学』第三巻で更に展開される。仲保者の人性が継承され、顕現されるためには、聖霊の活動が不可欠であった(同上159頁)。

 

本書の結びは、宗教改革の信仰を受け継ぐ福音的教会として、「信仰告白」を論じる。われわれ福音的信仰の立場は、「ニカイア・カルケドンの一線をルター・カルヴィン的に辿ることにおいて堅立せられる」(同上203頁)。クレドーの形成が歴史的教会の各時代における生命活動を最も端的に表現している。信仰の告白は「頌栄」と「悔い改め」を表す。信仰告白者は「殉教者」となる。「キリストを認識」する者は、「キリストの位置を歩む」ことである(同上246-247頁)。告白者の実存が問われる。

 福音的教会の最も大きな特色をなすのは、「説教」と「信仰告白」である。『キリスト論の根本問題』では「サクラメント」に集中していたが、『基督教概論』では「説教」に注目する。説教も信仰告白である。公衆の面前で語られると共に、超越者の台前において語られる。サクラメントが「キリストの徴」とすれば、説教は「キリストの証」である。「徴証相俟って教会はその首たるキリストを表現する」(同上249頁)。教会はキリストの体として、仲保者の事業の継承者であり、受肉者の徴証を身に負わねばならない。そのことにより、「キリストの現実」を不断に言い表す。説教は仲保者の事業を継承し、説教者は仲保者の職責を身に負う(同上251頁)。「説教」は仲保者の事業を継承するサクラメントな意味を持ち、「説教者」も仲保者の職務を身に負うサクラメントな存在を担う。注目すべき考察である。サクラメントとしての説教理解は、『教義学下』にも継承される。説教もただ一度の仲保者の行為とその事跡とを現在の姿において直感し直証することにおいて、「終末論的基礎」(同上251頁)を持つ。

 われわれ福音的教会は「告白する教会」(bekennende Kirche)である。イエス・キリストを、この存在による「神の和解の言」であると告白し直証する(同上252頁)。福音的教会の信仰告白は終始「キリスト論的」であり、「終末論的」意味においてキリスト論的である(同上253頁)。ここでもニカイアからカルケドンへのキリスト論、神人たる仲保者の人性を重んじる。受肉者の肉体における人性が、われわれ信仰者を形造り、キリストの体である教会を形造る。信仰者の「必死の体」は「復活の体」の中に置かれている。信仰者の母胎である教会も、地上にあっては「必死の体」であり「復活の希望」に生きる(同上253頁)と論じる。

 

最後に熊野は、第二次世界大戦下にあって、信仰告白に生きる教会が歴史に存在する意味と使命を論じる。「信仰告白をその根源的意味において理解する時、教会は醇乎たる宗教団体たるの位置を明確にし、その上で対文化的奉仕をなし得るであろう。教会は常に自己をキリストの体として浄化することによって、初めて随時随所における宗教的奉公を完うし得るのである。信条も神学も或いは教会体制もそのための機会たるに過ぎぬ。・・・われわれは不断なる教会の自己浄化に沿って各自の信仰の道を鍛錬することが、われわれの大いなる歴史的使命を達成するために不可欠の要件であることを確信するのである」(同上255頁)。「福音的教会の理念は、歴史的教会の伝承に勉めながら、健全な国民教会建設に渾身の努力を傾注するに至る。教会と国家という教会史上の重要な課題もまたこの福音的教会の理念を明瞭とすることによって正しい解決の道を獲るであろう」(同上256-257頁)。

 戦時下、敗戦という過酷な状況の中で、健全な国民的教会建設に渾身の努力をし、福音的教会の理念を明確にすることにより、教会と国家という教会史上の重要な課題に正しい解決の道を獲るとは、何を考え、幻を見ていたのだろうか。

 『キリスト論の根本問題』で、キリスト論の骨格を設計図として描いた熊野は、『基督教概論』で明確なキリスト論を構築し、熊野神学の基礎工事を確立したのである。

 

(4)『教義学』第三巻における「キリストの身体」

『教義学』第三巻(『全集8』、1982年)が刊行されたのは1965年であった。キリスト論が論じられているのは第四篇「宥和について」である。熊野は、和解論はキリスト論的な視野に立つ以上、「宥和」(同上18頁)という語を用いることがふさわしいと語る。和解は、キリストによる「罪びとの贖い」、赦罪を土台とし、もたらされる「神の宥和」であるからである。キリストによりキリストの教会を通じて語られる「神の赦罪」と「祝福の言」を受けとめ、応答する現実状況が「和解の神学」を形成する。それ故、和解論は「主イエス・キリスト」の告白からなされ、「キリストの人格と事業」が源泉であると論じる(同上18頁)。和解論はキリスト者の召命への道に照明を与え、神学者のキリスト者たる、教会人の実存性を問いただす(同上23頁)。熊野神学が「教会的実存の神学」(カール・マイケルソン「教会的実存の神学」『熊野義孝の神学』251-279頁、1986年、椿憲一郎訳、新教出版社)と評される所以である。

 熊野の「和解論」の構造は、第四篇「宥和について」において、第二章「主イエス・キリスト(一)」で「キリスト論」、第三章「主イエス・キリスト(二)」で「贖罪論」、第四章「新しい契約」で「宣義論」(救済論)を論じる。「キリストの身体と呼ばれる教会は、本質的にも実存的にもキリストの贖罪的事業との関わりを持たねばならない」(『全集8』15頁)とし、<キリスト論と贖罪論との>根源的一致(同上15頁)の重要性を強調する。しかもその場合、近代神学のように贖罪論が宗教的経験論や人間学への偏向に陥らないために、贖罪論を徹底的にキリスト論の展開とすることを強調し、「贖罪論からキリスト論へ」ではなく、「キリスト論から贖罪論へ」「キリスト論における贖罪論」(同上51頁)であるべきだと論じる。

 熊野の「キリスト論」は、「復活者」「復活者の事実」から始まり、この「復活者」は十字架の痕跡を負った「死者」であり、キリストの身体たる教会の「召集者」であるとし、そこにこそ生けるキリストの共同体形成の意志が現れ、「キリストの主権」が確立すると論じる。復活者が永遠の領域にありながら、なおその「身体」を地上(この用の時)に残している現実が、教会的実存の意味と根拠を尋ねる道となる(同上71頁)。「主イエス・キリスト」の告白によって担われる<普公>教会的な伝統は、復活者がこの地上に残した「身体」を背負うことであり、終末論的自覚によって担われることである(同上72頁)。それは「聖霊のわざによる教会形成」(同上77,52,89頁)であり、ここに「教会」即「キリストの身体」という知識が可能とせられる。ここにも熊野が強調する「聖霊の働き」と「キリストの人性」理解がある。「キリストの人性は彼の身体と不可分離に捉えられるべきであって、十字架における類いない苦痛の意義とまたそれを通過して獲得された至高の栄光が仰がれる。ここに復活者はまさしく身体的歴史的であって、単に人格的勝利をいうにとどまらない」(同上74頁)。生けるキリストの現実がその歴史的身体の再形成によって可蝕的可視的とされ、復活者の現実が歴史的教会形成力となって働く(同上72-73頁)。教会的伝統は復活者の生命から来たり、ただそれによって支えられる(同上72頁)。それ故、熊野は「キリスト論的定位は復活者の身体性への認識に存する」(同上78頁)であり、「キリスト論の出発点は、徹頭徹尾、雄一の復活者の光のもとに求められなければならない」(同上142頁)と論じる。

 

このように熊野は『教義学3』において、「復活者の身体」(同上73,74,78,122頁)を強調する。『キリスト論の根本問題』『基督教概論』では、「受肉者の論理」に基づき、「受肉者の媒介性」を強調していた。そこに熊野神学の変遷・発展を見るのかどうかが問われる。近藤教授は「教義学における熊野神学との対話」において、『教義学3』の前に書かれた論文「死者の甦えりと教会の形成」(『神学』22号、1-31頁、東京神学大学神学会、新教出版社、1962年、近藤勝彦『キリスト教教義学上』1109頁、教文館、2021年)に注目する。近藤教授はこう論じる。「そこに熊野義孝の『発展』を見るべきかどうか、私にはなお確証を得ていません。しかし彼が復活者の体をめぐる探究を継続させていたことは、この研究論文などから読み取ることができます」(「教義学における熊野神学との対話」季刊『教会』127号、15頁、日本基督教団改革長老教会協議会、2022年夏季号)。熊野はこの論文で論じる。「キリストの復活報道をもって、歴史の根源がどのように変えられたかを『追体験し』(nacherleben)、そしてこれを歴史的な出来事としてわれわれの認識にまでもたらされなければならないであろう。そのために、キリストの復活がまたわれわれの『死者のよみがえり』とつらなり、これを招集するものであるということを確信し公言しなければならないのである。・・・キリストの復活そのものがあたらしい歴史の発端であることを、ここに証言し、実証するにいたる。この路線が教会形成の道である」(「死者の甦りと教会の形成」(『神学』22号、29-30頁)。更に、「終末論的な場所」が「キリストの身体<歴史的身体>」すなわち「教会」であるとし、教会の使命をこう語る。「キリストの歴史的身体がこの世界のなかであたらしい人間の生起を可能ならしめる母胎であるということを、実験し、証言し、宣伝するのがキリスト者である。それゆえキリスト者は<死者を担う者>ではなく、<キリストを担う者>とよばれる。キリストを担う教会と信者とは、だからつねに『死者のよみがえり』につづいていく。これがわれわれの歴史的場所であって、終末論ということもこの実存性をもって語られねばならない」(同上31頁)。キリスト者の終末論的使命がキリストの復活を基点とし、積極的に語られる。それは更に『教義学3』で、「キリストの人性」との関連で展開される。熊野神学の中心軸が「受肉」から「復活」に移動したのである。

 熊野が『教義学3』で「受肉」を語るのは、第二章「主イエス・キリスト(一)」第一節「イエス・キリストの主権」「復活者」「死者」「召集者」の後の第二節「イエス・キリストの謙卑」においてである。熊野は『教義学3』においても、「キリスト論的構造はいわゆる<救拯論的>であるよりも、<受肉論的>であることが当然である」(『全集8』47頁)とし、終末論的「受肉の論理」を強調する。「イエス・キリストの『歴史的身体』を凝視し、熟考し、深く思索することから、初めて『言の受肉』の奥義を知ることができる」(同上123頁)とし、「受肉の教説はどこまでも死者にして復活者である唯一の人が、古いイスラエルを予表とする新しいキリストの教会の首領であるという認識と主張の上に立っている」(同上127頁)と論じる。「正当な受肉論はこの復活者の光のもとにのみ生長しうる。それゆえ『受肉』は優れて終末論的な出来事である」(同上132頁)と論じる。このことから、『キリスト論の根本問題』『基督教概論』から受け継いできた終末論的「受肉の論理」を基にして、『教義学3』では「復活者の身体」を強調したと言える。熊野神学の一貫性と深化をそこに見ることができる。

 

「キリストの身体」というパースペクティヴで、熊野のキリスト論的贖罪論を考察するとき、熊野神学の特徴が最もよく現れたのが、贖罪論を論じた第三章「主イエス・キリスト(二)」第二節「キリストの律法の充足」である。熊野は、「現代の贖罪論的課題は、仲保者の事業が教会論的に把握されるために、実践的にも理論的にも『主イエス・キリスト』の告白を徹底化することにつきる」(同上236頁)とし、「ニカイア・カルケドンのキリスト両性論の路線」を<実存化する>ほかないと論じる。そのためキリストの「律法充足」(satisfactio)(ローマ10・4)の観点から着手すべきであると語る(同上236頁)。「キリストの人性」が「キリストの身体」を形造るからである。「贖罪は単に人間の歴史的罪過の処理についての一つの出来事にあるのではなく、神の共同体形成の意志に伴う永遠の計画にぞくするもの」(同上228頁)である。キリストの贖罪における「代理的」職務は、「神に向かう方向」と、われわれ「人間に向かう方向」の両方面をあらわにする。キリストは<われわれに代わって>神に対する人間の当然の負荷を担いつくし、また<神に代わって>われわれ人間の悔い改めと信仰の要求をし、信じる人々に「赦罪の宣言」を与え「新生の約束」を加えた(同上228頁)。「あがない」はわれわれを罪から<買いもどす>とともに、われわれを新しい生命にまで<買い取る>両面がある。「贖・償」という方面と、「贖・宥」という方面がある。前者は「つぐない」としての贖罪であるからキリストによる「律法の充足」という事情を、後者は「ゆるし」としてその「功績と効果」とを追考する仕事であると論じる(同上228頁)。

 そこで熊野が注目するのは、アンセルムの贖罪論、キリストの償いによる充足である。「償い」という「キリストの功績」が、律法を充足し、神の正義を貫き、神の栄光を帰する唯一の道が拓かれた(同上250,239頁)。熊野は「キリストの功績」(芳賀教授は「キリストの恩義」「キリストのおかげ」がふさわしいと指摘)に注目し、「キリストの犠牲・奉献」、すなわち、「キリストの献身」(同上254頁)と言い換える。キリストの服従(従順)、献身が、「律法の呪詛」(ガラテヤ3・13)から贖い出し、新しい「愛の律法」(ローマ10・8、ヨハネ13・34,15・12)への転換をもたらした。新しい生命の道を指向し、「贖罪」は「贖生」(同上253頁)をもたらした。十字架は人類の救いのための「贈与」であり、神への無比なる「献身」としての嘉納である(同上258頁)。それ故、キリストは単なる「犠牲者」としてではなく、「献身者」として自己の召命を全うした(同上258,458頁)。<犠牲的な>十字架はわれわれを徹底的に裁き、<献身的な>十字架はわれわれあの新生活の形成力となる(同上267頁)。「キリストの献身」が「われわれの献身」をもたらし、「キリストの献身共同体」を形造るのである。

 このように「キリストの人性」が伝統化されるとき、初めて「キリストの身体」としての教会がこの地上に形成されてゆく。ここに「信仰の伝統」(同上281頁)。それは「使徒継承」、すなわち「信仰告白の継承」(successio

confessionis)(同上285,458頁)。熊野は「キリストの人性」の伝統を、信仰告白的教会において把握し、そこに「キリストの身体」としての実存の場を見たのである。

 

熊野は『教義学3』の最後に、「聖礼典の身体性」を論じる。「聖礼典によって神のイスラエル選抜の企画が描き出された。この事実は聖礼典が宣教の言に対してその身体性を供え、歴史的教会を形づくり、養ってきたことを教える。キリストの教会がその歴史的身体と呼ばれるとき、聖礼典によって一つの有機的連帯性を発揮するところの信仰者の共同体を指向している。この身体が終末の日の甦えりを保証する聖霊の賜物によって養われるとき、聖礼典は信仰者の生活を潔め、永遠の希望を支える現実の力となって受けとめられる」(同上479頁)。「聖礼典はまさにイエス・キリストの歴史的身体の表現として教会に与えられた聖霊の賜物」(同上479頁)である。聖礼典こそがキリストの現臨を担っている。『キリスト論の根本問題』『基督教概論』より一貫している「キリストの身体」のサクラメンタルな理解である。

 次に、「聖礼典と『信仰告白』」を論じる。聖礼典の恵みが信仰告白の原動力となり、信仰告白の行為が聖礼典の意義をただしく表現する(同上482頁)。両者は両輪をなして前進する。更に、「聖礼典と『説教』』を論じる。「説教は神の言のいわば造形として、その本質と根拠を神の自由な恩寵行為の展開に置くことによって、それ自身”sacramental”な性格を帯びる」(同上484頁)。とし、「説教」もキリストの現臨を証しするサクラメントであると論じる。『基督教概論』で強調した点である。しかし、『基督教概論』で論じた、「説教者も仲保者の事業・職責を担う」サクラメントな存在であるとの論考はなされず、「説教者論」は展開してはいない。聖晩餐とともに、説教が現実的具体的に活ける「神の言」を担うか否かに、歴史的教会の実存が懸かっている。『基督教概論』の言葉で言えば、「赦罪の権威」を担う説教がいかに「赦罪の宣言」を語るかに懸かっている。

 『教義学3』第五篇「自由と完成について」第二章「教会」第四節「教会規律」で、「霊性と形容」「教規」「戒律・戒告・修練」(同上464-474頁)が論じられる。復活のキリストから「鍵の権能」を委ねられた「キリストの身体」である教会は、「戒規」を執行する「聖餐共同体」であり、「慰めの共同体」である。そこに「キリストの人性」をいかに担うべきか教会の使命と課題がある(同上474頁)。

 

『教義学3』で「聖礼典」を論じた後の最終章で、「教会論の周辺」として「教会の位置」「宣教活動」「教会の展望」を論じる。このような言葉で結ばれる。「この唯一の復活者は、なおこの世にあるわれわれに向かって<身体的に>現臨しわれわれの信仰と生活を支持していること。この事実を証言し伝達するために召集に応じる仕事として神学が固有の意味を持つならば、神学の学徒はこの円周の拡大と展開に仕えると共に、そのつどこの中心・枢軸へ立ち変える努力を怠ってはならないであろう。そしてこの中心・枢軸が十字架の痕跡をもつ身体である以上は、われわれの帰還がたえず悔悛を伴うことは言うまでもない」(同上514頁)。

 最終章で一貫して語られているのは、教会が円周の外へ向かうよりは、円周の中心・枢軸にそのつど立ち帰ることに力点が置かれる。それは1960年代の時代状況があったからなのだろうか。終末論的主題である神の国と教会、教会と国家問題には触れていない。『教義学』第三巻をもって、「キリスト論的支柱」を土台とした「キリストの身体」という熊野神学の教会理解は確立した。

 

3.われわれの課題

(1)東京神学大学の神学的伝統に、「植村-熊野」の路線がある。熊野は植村から受け継いだ「キリスト論的支柱」に立った「キリストの身体」としての教会理解を神学的に深化し、構築した日本で最初の神学者であった。われわれ伝道者が日本で教会形成を行う上で、熊野神学から今なお多くの教示を与えられる。今後もこの神学的伝統を継承すべきである。われわれ伝道者は何よりも、「赦罪の権威」を担う説教で、いかに「赦罪の宣言」を語るかが問われる。われわれ説教者は、聖餐と共に、活けるキリストの現臨を証しするサクラメントな特質を有する説教を語る「サクラメントな存在」であるかが問われる(加藤常昭『説教者を問う』説教塾ブックレット1、196頁、キリスト新聞社、2004年)。そのことにより、われわれ伝道者は、熊野が好んだ言葉で言えば、「キリストの身体を担うにふさわしく」(『全集8』447頁)生きるのである。それが、<教会的に>生きることである。

 

(2)熊野の以下の論述は植村から受け継いだ神学的伝統が最も鮮明に表現されている。熊野は生涯、伝道者であったのであり、日本における「キリストの身体」たる教会形成と伝道のために篤い祈りを捧げていた。「神学の理論はー実はいずれの理論においてもー存在を背景に基底として保つ。贖罪論に在って殊にこの事実は大切である。贖罪は現在のわれわれの生活によって実証されねばならない。禍いと悲しみの人生にあって、あらゆる罪過と躓きの渦中において、闇黒の雲が重々しく垂れこめる険悪な空模様の下に、なお不断の勇気と希望とをもって行く手を眺め、涙にうるおう眼が恵み深い神を見上げる。遠くまで見ることは望まずして、一歩一歩は確かである。こういう生活は必須の前提として明確な神観念を要求する。この基礎を欠くところ、贖罪論は発生し得ない。しかもわれわれの礼拝は三位一体を崇めると同時に、イエス・キリストの徳を頌め称える。キリストの十字架と復活の無上の光栄を帰するのであって、このことなしにキリスト教の礼拝は成立しない。・・・贖罪論が強く問題化される場所は、礼拝においてである。そして礼拝たるや、神礼拝には違いないが、具体的にはキリストの礼拝(adoratio Christi)すなわちKurioskultである。かような基礎によって贖罪がキリストの事実として認識の対象とされるのである(『キリスト教の本質』『全集6』381頁)。「キリストの身体」は何よりも「キリスト礼拝」において顕在化する。

 

(3)熊野は植村から様々なものを受け継いだ。しかし、植村が論じた国家に対する教会の使命、「社会の木鐸」(京極純一『植村正久―その人と思想』(新教出版社、1966年、1984年)としての教会の使命を、熊野は神学的に受け継ぎ、展開したのだろうか。それはまた、われわれが立っている日本基督教団において、公同教会である「キリストの身体」を形成する神学的な意味を問い、展開することでもある。教会は「キリストの身体」であるが故に、具体的である。熊野が残した課題はわれわれ伝道者が担わなければならない課題である。

 

(4)日本において「生けるキリストの身体」を形造り(教会形成)、いかに「生けるキリスト」を伝え(伝道)するかが、われわれ伝道者がご復活の主イエス・キリストから託された使命でと課題である。「生けるキリストの身体」を形造るためには、古いカトリック教会成立の三つの条件、聖書正典、信条、職制が欠かせない。それに宗教改革の伝統である「聖礼典」(洗礼、聖餐)と「説教」が必須である。

 日本キリスト教神学史において二つの潮流がある。一つは、植村正久、髙倉徳太郎、熊野義孝、加藤常昭、芳賀力の潮流である。信仰告白と説教により「生けるキリスト身体」を形造り、「生けるキリスト」を伝える。「神の言葉の神学」に立つ。勿論、聖餐を軽視しているわけではない。もう一つの潮流は、植村正久、逢坂元吉郎、赤木善光、近藤勝彦の潮流である。聖餐を重んじ、「生けるキリストの身体」を形造り、「生けるキリスト」を伝える。「神の御業の神学に立つ」(近藤勝彦『活けるキリストの現実』57-77頁)。勿論、説教を軽視しているわけではない。教会は「説教の教会」だけではなく、「洗礼の教会」「聖餐の教会」である(近藤勝彦『キリスト教教義学上』98-99頁)。この二つの潮流を統合させ、信仰告白、説教、聖礼典により「生けるキリストの身体」を形造り、「生けるキリスト」を伝えることが、われわれ伝道者の課題である。

石川県金沢市柿木畠5番2号

TEL 076-221-5396 FAX 076-263-3951

© 日本基督教団 金沢教会

bottom of page